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2016.06.20 Monday

地下鉄丸の内線方南町支線開通そのとき

suishiの方南町シリーズ、今回は地下鉄開業当時の写真を紹介する。

 

方南町に地下鉄が開通したのは1962年3月のこと。地下鉄丸ノ内線の中野検車区と中野工場への引き込みも兼ねて、支線の形で建設された。支線建設当初は、中野工場すぐ近くの中野富士見町が終点であったが、方南町地域住民の要望もあり、延伸された。

 

suishiは地下鉄開業の様子をしっかりと記録に残していた。

 

【方南町駅:1962年3月】

当時、営団地下鉄(現在の東京メトロ)は丸ノ内線、銀座線、日比谷線の一部しかなかったことがわかる。このポスターにある、荻窪線というのは、現在の丸ノ内線の新宿荻窪間のことである。1972年に丸ノ内線に名称統合されるまで、荻窪行きを荻窪線、方南町行きを荻窪支線と呼んでいた。

 

方南町駅からの料金表。初乗りは20円。一番遠い浅草や南千住まで行っても60円。

 

【方南2丁目】

方南町かいわいは地下鉄開業に祝賀ムードであった。

開業記念はちょっとしたお祭り気分。

商店街は大売出し。風船プレゼント、祝賀パーティ、そして花火を打ち上げる。大騒ぎである。

記念演芸会のプログラムが漫才、奇術、曲芸、音楽トリオ、民謡に始まり、映画上映まで行われた。ちなみに、映画プログラムのひとつが小林桂樹版「裸の大将」。

 

この写真は以前も掲載した。有人改札の雰囲気は遠い過去のもののような気がする。「定期券拝見」の存在感がすごい。

こちらも再掲ですが、現在の改札の様子。

 

開業当初の電車の様子。色々調べてみると、この車両、支線運用としてはイレギュラーなものであったようだ。

1960年代、支線に使われていた車両は、戦前から銀座線を走っていた100形という古い車両。本線で使われていた400形が支線に入るのは珍しい写真のようだ。

ちなみに現在では02系80番台という車両が3両で走っている。

 

2016年現在、支線は中野坂上と方南町の間3.2キロを3両で折り返し運転を繰り返している。方南町駅のホームが短いため、本線の6両編成が入れないためだ。現在、6両編成対応すべくホーム改良工事がすすめられている。近いうちに方南町まで本線直通運転が実現する。

 

2017.03.26 Sunday

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